2019年3月3日日曜日

お城について教えて下さい。名古屋城や大阪城を見に行った事があるんですが、お殿...

お城について教えて下さい。名古屋城や大阪城を見に行った事があるんですが、お殿...


お城について教えて下さい。
名古屋城や大阪城を見に行った事があるんですが、お殿様とかってあそこに住んでるんですか?
意外と狭いし、階段も急ですよね?着物を着てあの階段昇るってきびしくないですか?
本物はもっと大きかったのでしょうか?
無知で恥ずかしいですが教えて下さい。

  • 補足についてお答えします。

    御殿が現存している城
    川越城(埼玉県川越市)本丸御殿の一部(県指定有形文化財)*1
    掛川城(静岡県掛川市)二の丸御殿(国指定重要文化財)
    二条城(京都府京都市)本丸御殿(国指定重要文化財)、二の丸御殿(国宝)*2
    高知城(高知県高知市)本丸御殿(国指定重要文化財)

    *1:現在修復工事中なので、しばらくみれません。
    *2:二条城は国宝の二の丸御殿が非常に有名です。
    本丸御殿もありますが、これは明治になって、
    京都市内にあった皇族の桂宮家のお屋敷を移築したものなので、
    本来は二条城とは関係ありません。
    本丸御殿は少し前までは事前に申し込みをすれば入れましたが、
    現在は耐震性の問題から入れなくなってしまいました。
    なお、国宝の二の丸御殿は現在も入れます。事前申し込みも不要です。

    御殿が再建されている城
    清洲城(愛知県清須市)本丸御殿*3
    彦根城(滋賀県彦根市)表御殿*4
    篠山城(兵庫県篠山市)二の丸御殿
    龍野城(兵庫県たつの市)本丸御殿*5
    佐賀城(佐賀県佐賀市)本丸御殿
    熊本城(熊本県熊本市)本丸御殿
    佐土原城(宮崎県宮崎市)二の丸御殿
    飫肥城(宮崎県日南市)松尾の丸御殿
    首里城(沖縄県那覇市)正殿?北殿?南殿?書院?鎖の間など*6

    などがあります。
    他にも、前の方の書かれるとおり、現在名古屋城で本丸御殿の復元工事中です。
    *3:この建物は模擬なのであまり???
    「模擬」というのは、史料に全く基づかずに建てられたもので、悪い言葉で言うと捏造です。
    バブルのころは模擬の建物(大半は模擬の天守)の建設が全国の城で流行りました。
    *4と*5は鉄筋コンクリートによる復興です。
    復興とは、史料が少ないので分からない部分は想像で造ったというものです。
    大坂城天守も復興です。
    *6のうち、北殿や南殿は鉄筋コンクリートです。正殿?書院?鎖の間などは木造です。
    これらの他の城の御殿は木造で復元されたものです。
    なお、現在は再建する時の基準が厳しくなっており、
    模擬や鉄筋コンクリートでの再建は事実上禁止されています。

    >なぜ天守閣以外の所が見れる所はあまり無いのでしょうか?
    これは、天守以外の建物の中を見れるところが少ないって意味でしょうか。
    天守以外にも、石垣や堀などが見れる城は全国にたくさんありますし、
    天守はなくても櫓や門などがある城もたくさんあるので。
    私としては模擬の建物や鉄筋コンクリートの建物を見るより、
    石垣だけの城とかを見る方が好きですがw
    ただし天守や御殿と違い、櫓などの中を公開している城はあまりありません。

    天守?御殿以外の建物の中をあまり見れないのは、
    やはり特に天守が城のシンボル的建物なので、
    天守を見ること=城を見ることだと思われているからであるように思います。
    立派な天守があれば目立ちますし大きな観光スポットになりますが、
    小さな櫓や門では目立ちませんし、特に城に興味のない観光客もあまり来ません。
    天守や御殿がある城なら観光スポットとしてそれなりの収入が見込まれるので、
    建物の維持管理もまぁできるでしょうが、
    目立たない建物の中を公開しても客があまり入らなければ、
    採算が合わないので公開していないのではないでしょうか。
    城によっては櫓などの中を公開している城ももちろんありますが、少数派です。

    また保存の観点から公開していないところもあるでしょう。
    中を公開するということはそれだけ建物が痛みやすくなるということなので、
    できるだけ痛まないように公開していないというところもたくさんあると思います。
    本当は天守や御殿も公開しない方が保存にはいいんですが、そういう訳にもいきません。

    最後に天守の名前について。
    「天守閣」という名前は実は間違った名前です。本当は「天守」です。
    明治になって、「閣」ってつけたほうが立派に聞えるから
    とかいう理由で付けられたのが広まってしまったそうです。
    現在では実際に城に行ってパンフや説明を見ても
    「天守閣」って書いているところがあって悲しい限りですが、
    専門書や昔の史料で「天守閣」なんて書いてあるものはありません。

    凄く長くなってすみません。。。(′?ω?`)

    長い上に追加です。
    城の明治になって建物を取り壊したのは、大名というより新政府です。
    城を管理したのは新政府だからです。
    新政府は城は古い封建制の象徴だということで取り壊しを進めましたし、
    また城には軍隊が置かれることも多く、邪魔になるので壊されたという例もたくさんあります。
    ただし、地元の人々が地元のシンボルとして残してほしいと懇願したりしたため
    天守が残った城は幾つもありますが、御殿はよほど運がよかったところしか残っていません。

  • 大坂城は江戸時代に大坂城代が政務をとっていたところなので、殿様はいません。狭くて階段も急というのは、天守閣のことだと思いますが、天守閣は日常生活を営む場所ではなく、普段は本丸や二の丸の御殿の方で生活をしていました。天守閣は、たまに登って市内を眺める程度の使い道しかありませんでした。権威の象徴としての側面の方が大きかったのでしょう。

    名古屋城についても大体そうです。名古屋城には現在再建中の本丸御殿があり、本丸御殿は当初、初代藩主の徳川義直が生活していましたが、すぐに二の丸御殿の方で生活するようになり、本丸御殿は将軍秀忠と家光が上洛する際の宿泊所としてしか使用されませんでした。いずれにせよ、天守閣は飾りみたいなものでした。

    補足
    有名なところでは、京都の二条城です。本丸の天守閣は江戸時代に落雷で消失し、本丸御殿も後に移築したものなので、江戸時代のものは残ってませんが、二の丸御殿はそっくりそのまま残っています。大政奉還を発表した有名な部屋はもちろん、家康と秀頼が会見した部屋まで保存されています。

    あとは、高知城?川越城?掛川城です。高知城?川越城には本丸御殿が、掛川城には二の丸御殿が残っているようです。それから、先に書いたように、数年後には名古屋城本丸御殿が再建される予定です。

    これらの御殿が残っていないのは、やはり戦災で消失したり、明治期に破却されたりしたからです。明治時代にはまだ文化財というより、軍事施設としての意味合いが強く、各藩主は天皇への逆心がないことを示すため、こぞって城を解体したようです。

  • ご質問は
    天守(閣)
    のことを指しているのだと思いますが
    天主(閣)というのは、そもそも居住スペースではなかったんですよね。

    元は
    最終防衛拠点

    つまり、合戦、城攻めされた際の
    最後に立てこもるために築かれた建造物だったのですが
    実際には、そのように使われたことはそれほど多くなくて
    城、城下町の”シンボル”的な意味の方が大きくなっていました。


    天主で居住するのは何かと不便です。

    ”お殿様”やその家族が住む
    居住空間
    は別に設けられていました。


    通常
    御殿
    と呼ばれます。

    大抵は平屋です。


    -補足に関して-
    名古屋城の本丸御殿は昭和20年5月の空襲の際に焼失してしまいました。
    (それ以前には国宝に指定されていました)

    復元しようというこころみはありますが実現していません。
    詳しくはこちらを

    http://www.city.nagoya.jp/kankou/honmaru_goten/


    江戸時代の建造物として現存する御殿に
    掛川城御殿
    があります。
    ”江戸時代”といっても、維新のすぐ前に再建されたものですが。


    http://www.shimashin.co.jp/13town/meisho/kakegawa/goten/goten.htm


    お城について教えて下さい。名古屋城や大阪城を見に行った事があるんですが、お殿...

    Article Source:

    http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1333080263

  • 0 Comments: